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新課程に対する大学と文科省の思惑の差

 来年度から高校数学は新課程の内容が教えられる。今、高校の現場や塾, 予備校ではその有効な対応が求められている。
 私も 12 月 18 日に新課程を題材に教員用のセミナーを行った。高校の先生達の関心は非常に高く、12 月 23 日に実施される同じ講座は満員になっていると聞く。

 まず、この後のテーマに触れる前に簡単に新課程の説明をしておこう。
新課程は、数学 I (3), 数学 II (4), 数学 III (5), 数学 A (2), 数学 B (2) からなる。( ) 内は標準単位数である。新課程から数学 C が消え、一部、数学 III に統合された。新課程で学習する具体的な内容を紹介すると、

  数学 I :「数と式」「図形と計量」「二次関数」「データの分析」
  数学 II  : 「いろいろな式」「図形と方程式」「指数関数・対数関数」「三角関数」「微分・積分の考え」
  数学 III : 「平面上の曲線と複素数平面」「極限」「微分法」「積分法」
  数学 A :「場合の数と確率」「整数の性質」「図形の性質」
  数学 B :「確率分布と統計的な推測」「数列」「ベクトル」

である。今回から「データの分析」が数学 I に配置されたが, この意味は大きい。現行課程においても統計分野の内容は数学 B, 数学 C で扱われているが、数学 B, 数学 C はその中にある 4 項目から選択されるものであるから, 教科書にはあるが, 学習される機会はほとんどなかった。例えば、現行課程の数学 B は

  「数列」「ベクトル」「統計とコンピュータ」「数値計算とコンピュータ」

の 4 項目から 2 項目を選んで学習するのだが、ほとんどの学校は「数列」と「ベクトル」を選択して「統計」は学習しないのが現実である。したがって、「統計」はこれまでは「避けて通れる」分野であったのだが、新課程では数学 I に配置されることから「必修分野」になった。
 なお、一部の団体が、統計分野が扱われることを「新課程の目玉」とか「必修分野なのだから」と強調し、統計分野だけのために対策講座を開いて、いかにもこれからの大学入試の中心になりうるとばかり宣伝しているところもあるが, それは私に言わせれば大げさである。

 それでは本題に入ろう。

 平成 23 年 11 月に東京大学から平成 27 年に実施される新課程の第 1 回目の入試科目に関する案内があった。
それはこちらにある。

http://www.u-tokyo.ac.jp/stu03/pdf/H27syutudai.pdf
(京都大学はこちら http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news1/2011/111208_1.htm)

この中のどこに注目してもらいたいかと言うと、それは数学 A に関する記述である。
 文科省が考える数学 A は
「場合の数と確率」「整数の性質」「図形の性質」
の 3 項目から 2 項目を「選択」し 2 単位(週 2 時間の授業)とするものである。どの 2 項目をとるかは学校に任されており、「場合の数と確率」と「整数の性質」を選択するのもよいし、「場合の数と確率」と「図形の性質」を選択するのもよい。
 しかしながら、今回の東大の発表は、この 3 項目をすべて出題範囲とするというものである。つまり、高校の現場では、通常はこの 3 項目すべてを教えることは、時間などの制約によってできないのだが、国立大学である東大が、とれないはずの 3 項目をあえて試験範囲にしたのだ。
(なお、京都大学も同様の措置をとり、私のもとには北海道大学もそのような方向で考えていると言う情報が入っている。他大学も同様なことを行うことは今後十分にありうることである。)
 このようにしたことついて、東大にはもちろんもっともな理由はあることだろう。実は、数学 A の 3 分野はもともと東大がよく出題していたものである。これまでは、「整数の性質」という項目はなかったので、黙って整数問題を出していた感ががあるが、仮に、新課程入試おいて、東大が数学 A の中から
 「場合の数と確率」「図形の性質」
を選択すると言ったならば、わざわざ「整数の性質」を切ったことになるから、「整数の性質は出題されませんよ」というメッセージを与えかねない。したがって、従来の整数問題は出しにくくなるので, 数学 A の 3 分野すべてを出題範囲に入れておくのだと思う。

 このようなことになって、中高一貫校のような時間に余裕のある一部の高校は別にして、ほとんどの高校にとっては「一大事」である。この時期、高校は来年度の配当時間を所定の役所に提出しており、今更数学 A を 3 単位に変えられない。また、再来年度以降も時間を確保できるとは限らない。つまり、もしも他大学も東大にならうとすれば、高校の授業をすべて受けても大学入試の試験範囲はカバーできないという事態になる。妥協策としては、

・とりあえず、数学 A を週 2 時間で授業をし、「夏休み」、「冬休み」などに補習を入れて残り 1 項目を学習する
・「データの分析」の時間を減らし、数学 A の残り 1 項目にあてる

などが考えられる。なお、後で説明するが、「データの分析」は高 1 で学習するより, むしろ高 3 で扱う方が入試対策としては適している。

 私は次のように考える。

 本来、数学 I はすべての高校生が通過する分野であるのだから、その後で学習する分野(数学 II, III の内容など) に役立つものを学習するべきである。例えば、「数と式」は, その後で数学 II, 数学 III を学習するときに必要な知識・考え方であるから、必修科目である「数学 I 」の中に入れるべきである。同様に、「図形と計量」(三角比) と「二次関数」も必修科目である「数学 I」に入れるべきである。しかしながら、「データの分析」はどうであろうか? 実は、「データの分析」で得た知識は、数学 B の中の「確率分布と統計的な推測」で使われる程度であり、数学 B でこの分野を選択しなければ、孤立した分野になってしまう 。ところが, 数学 III の
 「極限」を学習するには数学 B の「数列」を学習することが望ましい
 「複素数平面」を学習するには数学 B の「ベクトル」を学習することは望ましい
わけだから、ほとんどの高校は、数学 B では「数列」と「ベクトル」を学習することにならざるを得ない。したがって、数学 I で「データの分析」を学習したところでそれはあとにつながらない分野であり、孤立した分野なのだ。
こう考えると、「データの分析」高校 1 年生で習ってもそれ以降使わないから大学入試までには忘れてしまいがちなので、高校 3 年生のときにちょっとだけ時間をとるのもよいかもしれない。それがシステムとして可能な高校ならばであるが。

 結局、東大の気持ちを代弁すると次のようなものではないのだろうか。

「『データの分析』はむしろ数学 A の選択項目として、新課程の数学 A の 3 項目のどれか一つを数学 I の中に入れてほしい」

今回の東大の文科省カリキュラムに反した決断には私は敬意を表する。(不良品に対する断固とした態度をとったということで)

 実は、私の聞くところでは(不確かな情報であることを断っておく)、このようなカリキュラムを決める場には、
「実績のある数学者」とその方よりも「やや(?)力の劣るお弟子さん達」(実動部隊) と(出版社上がり(?)の人を含む)「役人」
がいるとのこと。時期大阪市長の橋下氏が「市役所の職員が政治をしすぎる」と言うように、「役人がカリキュラムに口を出しすぎる」とよいことはない。
中には、「私が『行列』をなくしたんです」というように力を誇示する役人もいる。やはり、国の将来を決めるカリキュラムはベストメンバーで考えてもらいたいと思う。

This entry was posted on 月曜日, 12月 19th, 2011 at 1:47 AM and is filed under 教育, 数学. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

3 Responses to “新課程に対する大学と文科省の思惑の差”

  1. y-k said:

    昨日セミナーに参加させて頂きました。先生のおっしゃるとおり、現場では数学Aの取り扱いについて苦慮しています。私の勤務校は東大受験者はほとんどいませんが、旧帝大クラスは若干います。特に文系数学の数学Aはきになるところです。
    履修の順を変えるのか?、長期休暇に「整数特集」をくむのか?2単位で進めることはすでに決まっていますのでこれから考えます。ただ、昨日言われた、発達段階に応じた適切な履修順序を考えてみるところです。
    昨日は、貴重なお話も含めたすばらしい講義、大変ありがとうございました。

  2. Sei said:

    y-k 様
     こちらこそありがとうございます。数学Aを3項目扱うのは大変かもしれませんが、よく考えると必要な3項目でもあると思うので、頑張ってください。

  3. deiley na nippon said:

    小さな私塾を経営する者です。データの分析は株取引にいるのでしょうか。量子力学が必修となる諸外国の大学で、デュラックが悲しむのではないでしょうか。もの作り(食物も含めて)を一切やめて雲でも食べるのでしょうか。

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