数学教育研究所 公式サイト Mathematics Education Institute Official Web Site
Nov.28
2010
バスケットシューズの勧め

長年、教壇に立って今まで試して来たことがある。それは靴。最大で一日10時間の授業を担当することがある生活の中で、やはり立っている時間で一番長いのは通勤時間ではなく、教壇にいる時間である。その教壇にはどのような靴が向いているかが気になっていた。
足が楽なように、サンダルのようなものを履く人もいるが、サンダルは足にフィットしていないので歩くときに余計な力がかかるような気がする。長時間歩く からウォーキングシューズがよいのではとも思えるが、実はウォーキングシューズというのは、前後に同じ動作を続ける分にはよいのだが、左右の動きに弱い。 教壇では、左右に何度も移動するので左右の動きに強い靴が望まれる。
そこで見つけたのがバスケットシューズ。バスケットシューズは前後の動きだけではなく、左右の動きにも実にきっちり対応してくれる。例えば、バスケット シューズを履いていると電車でつり革に捉まって立っているとき、電車が揺れても足が横にカクッとなることはない。また、階段も1段抜かしでかけ降りること もできる。
こんなことで、同じように教壇に立つ人には、バスケットシューズを勧めたい。ただ、難点もある。それは、専門店に行かなければなかなか手に入らないこと と、もともとバスケットシューズは室内で履くようにできているから雨に弱いことだ。私のバスケットシューズは靴の裏に通気穴があいている。

Nov.20
2010
精密な計算と大雑把な計算

高校数学を教えていると、必要でも教える機会が少ないものや足りない部分がいくつもあるのを感じる。その中の1つとして、「計算」にスポットをあててみよう。
試験の答を求めるために計算するときは、「精密な計算」が要求される。例えば、2 次方程式 x^2 -3=0 の解は ±√3 すなわち, ±3^(1/2) であるが、これを 「約 1.73」とか「1.73 くらい」などと書いては数学の試験では点にならないだろう。他にも例は豊富にあるが、ここで詳しくあげる必要はないだろう。
このような「正確な値を求める計算」、すなわち、「精密な計算」はもちろん大切であるのだが、これに対し「大雑把な計算」は軽視されがちな感じがする。ここでいう「大雑把な計算」とは
n が十分大きいとき 3^n は 2^n よりはるかに大きいとか、極限

lim_(x→∞) (x^3 + 2x^2 + 3x +4)/(4x^3 + 3x^2 +2x +1)

については、分母と分子の最高次で決まるとか、

lim_(n→∞) {(1^2 + 2^2 + 3^2 +・・・・+ n^2)(1^3 + 2^3 + 3^3 + ・・・・ + n^3)}/n^a

が 0 以外の値に収束するような実数 a は分子の次数だけを考えて a=7 であるとか。
また、
x>1 のとき x^3 +2x^2 + (x/(x^2+1)) >3
である、のようにきちんと計算しないで大雑把に様子を調べる計算である。
これらは、試験の答案としては書かれることは少ないか、全くない。それは、試験では「正確な値」「精密な計算結果」が最終的に要求されるからである。そ こで、「なーんだ、答案にはいらないのか〜」となってしまって、「最短経路で合格しよう」と思っている受験生には敬遠される。
ところが、これらの「大雑把な計算」は方針を立てる上できわめて重要である。関数 f(x,y)=・・・・ の最小値を求めたい場合に、「なぜ、先に x で微分するのではなく、y で微分したのか?」 とか、というのは、「大雑把に頭の中で先々の計算を見積もってどちらがよいかを判断したからである。
lim_(n→∞) (log(3^n + 2^n ))/n を求めるときに、なぜ最初に

lim_(n→∞) (log(3^n + 2^n ))/n = lim_(n→∞) log (3^n (1+(2/3)^n))/n

のように log 内を 3^n でくくるのかは n が大きいとき 3^n +2^n ≒3^n と考えたからである。
この「大雑把な計算」は大雑把である代わりに早くなくてはならない。いくつかの方針がたつ問題において、それを一つ一つ丁寧に計算してみて、「これはよい」「これはだめ」と判断していたのでは時間がかかりすぎる。
「大雑把な計算」は試験の解答を支える「見えない部分での作業」であるから、問題集の解答を暗記しているだけの勉強では身に着かない。本当は、数学のできる人の解答ができるまでを「生」で見ているのがよいのであるが・・・・。

これらについては、今執筆中の本にも書くので、出版時期がはっきりすればまたこの場で報告します。

Oct.21
2010
新カリキュラム

最近は、仕事の幅が広がりつつあります。その中で、数学以外の指導カリキュラムを理解しなくてはならなくなり、特に理科と地歴には苦労しています。理科 は例えば物理の場合は、物理基礎(2単位)と物理(4単位)に別れ、理系の場合は、「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」から3つ選択するこ とになるようです。先生の人数の確保など多少の混乱が予想されます。

Sep.30
2010
困った先生

すでに twitter 上でも紹介したのですが、ある小学校でこんなやりとりがあったそうです。http://okwave.jp/qa/q5273339.html
話の要点は、ある小学校で先生が 3cm, 3cm, 6cm の長さの三角形を作図せよという問題を出して、その授業を受けていた小学生が「描けません」といったところ、
「確かに、中学、高校では描けないことになっているが、小学校の算数では線分の太さなどの誤差を考えれば描けることになっている!」
と言って、その先生は一歩も後には引かないということなのです。
まあ、この先生に対する非難はここの掲示板に書かれてあるとおりだと思います。
あえて加えるとすれば、

  • 「普通」は描けない条件の問題を、太さを考慮すれば書けるとしたことにどのような教育的な配慮があるのか。
  • この授業を受けた生徒達が、将来「三辺が 3cm、3cm、6cm の三角形が描ける」と信じたことが原因で、試験などで落とされたり、恥ずかしい目に会ったとすれば、それは自分のせいだとは思わないのか。

ということもこの先生に聞いてみたい感じがします。おなじ教育者として。
実は、私も以前、あるところでこのような先生を見たことがありますが、このようなパターンの場合、自分は「間違っていない」、「こう捉えれば自分の答も正しい」、「数学の解答は一つではない」、「1+1 だって 3 だというときがあるではないか」などと言って、意固地になってしまいます。そして、このような先生は相手が根負けするのを待っている感じです。根負けせずに、こてんぱんに論破すると今度は逆恨みをされます。
私が考える先生の「最低限」の条件とは、

  • その教科の十分な知識をもっていること
  • 間違えた場合は、それを放置せずに、必ず修正すること

です。予備校、塾の講師の場合はさらに

  • 休まないこと。授業に遅れないこと。

が追加されます。もちろん、大学、高校などの教員の方にも最後の条件は大切ですが、予備校、塾の先生の場合は「間違ったことを教えない」と同レベルくらい大切なことなのです。
さて、塾であれば、場合によってはこのような先生に関わらない方法があることもありますが、今回の掲示板のように担任の先生だとどうしようもないですね。ただ、今は web 上などで多くの人に聞くことができますから、心配なことがあれば迷わず聞くのがよいでしょう。私も、お助けできればしてみたいとは思っています。

Aug.01
2010
へぇー。そうなんだ。

「数学の幸せ物語(後編)」が発売されて2週間ほど経過しましたが、amazon で皆さんが買ってくださるおかげで amazon ランキングは好調です。amazon はこちらです。
ところで、この本の分類では amazonでは、なんと「日本文学」になっております。これが日本文学に入るとは知りませんでしたが、大変光栄です。確かに後編はストーリー重視になっ ているのですね。ストーリーを追いかけながら数学の話が頭に入っていったり、面白いと感じてもらうことがねらいなので。
まだ、読んでいない方も「日本文学」の「数学の幸せ物語」をどうぞ(笑)。

Jul.31
2010
幸せ物語 (こちらは授業プリント関係です)

幸せ物語 10
こちらからどうぞ

幸せ物語 09
こちらからどうぞ

幸せ物語08
こちらからどうぞ

幸せ物語07
こちらからどうぞ

幸せ物語06

無知であることは, しばしば人を「幸せ」な状態にします。できたと思っていても実は全くできていない, でも本人はそれを知らない, 勉強が捗っていると思っていても実はぜんぜん進んでいない, そんな状態の人を「幸せ人間」と定義しましょう。 これは, そんな幸せ人間の物語です。

第1話 ベクトルの内積について
第2話 予想と解答
第3話 これでも答案
第4話 これ試験で使っていいの?
第5話 地に足がついていますか?
第6話 暗中模索
第7話 最初が肝心
第8話 これなら大丈夫型答案
第9話 順番を守ろう(前編)
第10話 順番を守ろう(後編)
第11話 等号が成り立つかどうかそれが問題だ
登場人物等の紹介

  • 幸福高校
    この物語の舞台となっている高校

    (幸福高校の生徒)

  • 福沢 幸夫 (ふくざわ ゆきお)
    幸福高校3年。数学が得意のつもりだがいまいち点が伸びない。最近、成績に不安を感じてノイローゼ気味。
  • 福田 幸子 (ふくだ さちこ)
    幸福高校3年。幸夫とは小学校からのつきあい。幸夫のよき話し相手。数学の力はまあまあ。でも明るい。
  • 大山 雑雄 (おおやま ざつお)
    幸福高校3年。大雑把な性格。答案にもその様子がよく現れている。ちょっと偉そうな言い方をする。
  • 出来杉 余裕 (できすぎ よひろ)
    駿台の公開全国模試で偏差値90の秀才。たびたび福沢幸夫と福田幸子を助けてくれる。
  • 福山幸恵 (ふくやま さちえ)
    福田幸子の隣に座っている幸子の友達。
  • 大熊 鮭太郎 (おおくま さけたろう)
    幸福高校3年。北海道からの謎の転校生。北海道の方言丸出し。同じ高校の2年生に妹がいる.

幸福高校の先生

  • 証 明子 (あかし あきこ・28歳)
    生徒に優しい。でも数学の接し方は極めて厳格。
  • 発飛 校長 (はっぴこうちょう 55歳)
    幸福高校の校長先生。面倒見がよく生徒達の心のケア担当。生徒達からは Happy と呼ばれている。若いときはピアニストを目指していた。音楽に詳しい。
Jul.19
2010
数学の幸せ物語(後編) 刊行へ

いよいよ「数学の幸せ物語(後編)」が刊行されます。
amazon ではこちらにあります。
発売前にも関わらず、多くの方が予約してくれているようで感謝しています。

私が1999 年 12 月に「受験教科書」(SEG 出版) の「場合の数と確率」を始めて刊行したのが、書店に並ぶ著書の始まりですが、当時は始めて刊行された 1 冊が、多くの受験参考書に挟まれて目立ちにくい状況でした。「これでは、だれも気がついてもらえない」なんて思っていましたが、「受験教科書」シリーズが 4,5 冊くらい出たときからようやく書店の棚で目立ち始め少しずつ注目してもらえるようになってきました。
今日現在では、「数学の幸せ物語(前編)」はどこの書店に行っても、その棚の中で分厚い本に挟まれひっそりと置かれています。後編が出れば、これでちょっとは気がついてもらえるようになるのではと思っています。

話は変わりますが、実は、「幸せ物語」自体は「数学の幸せ物語(後編)」以降も続いています。「数学の幸せ物語(後編)」には続編が出たときの主人公で ある福島解君と福本答子さんが現れ、また途中にその次の主人公である福山幸二(福山幸一の弟)君も現れ、伏線を引いてあります。新しく出る「後編」がある 程度反響がよければ出版社に続編の打診をしてみようと考えています。

Jun.15
2010
「数学の幸せ物語」の後編について

「理系への数学 7月号」の目次裏の緑のページに紹介があります。また、その右ページに「『幸せ物語』の物語」が掲載されています。よろしかったら見てください。

Jun.15
2010
整関数(乱れた用語)

この話は、「数学の幸せ物語」(後編) にも話の流れの中で触れられています。(第14話「短期的学習と長期的学習」より抜粋)

私の考えです。数学の用語では、足りないもの、名前をつけた方が記憶に残りやすいものについては「適当」な名前をつけるべきでしょう。しかし、名前の付 け方には一定のルールがあります。受験生が名づけたものであるならばまだしも、「大人」や「書籍を書く人」「論文を書く人」レベルになると下手な名づけ方 は笑いの種になってしまいます。
さて、名づけ方についてですが、私は、
1. 名前のないものに名前をつけようとすること → O.K.
2. すでに名前がつけられているものに、別名をつけること → O.K. (例: 多項式を整式とも呼ぶ)
と考えます。しかし、
3. すでにその名前は別のものを指すのに、あえて他のものを指す用語として使う → N.G.
ではないかと考えます。あくまでも私の考えです。例えば、「素数」と用語はすでに何を指すかは一元化されていると思いますが、ある小学校の先生が「1はすべての自然数の約数で『自然数の素(?)になっている』から、1 のことを素数と呼ぼう」などというと、習った生徒はいずれ素数を習ったときに混乱します。このような場合は、この小学校の先生は本来の素数の定義を知らないのではと思いたくなります。

話を本題に戻します。「整関数」という用語があります。この本来の意味はこちらで す。ところが、ここにも書かれているように、一部の人が「数学 II の微分で扱われる関数、すなわち、y=(多項式) 型の関数」を整関数と呼んでいます。これは、もちろん本来の意味を知らないからできるわけで、特に書籍のタイトルにまで「整関数」があるものがあります。 さすがに書籍にまでこの用語を使うのは・・・と思いますし、そのような書籍は私に言わせれば数学を理解していない人が書いた「要注意書籍」かもしれません。(先ほど調べたらたくさんあるようです。ですので表現をやわらげました。)
「整関数」という用語の乱用については
こちらとか、あるいはちょっと過激ですがこちら
などに怒りにも似た反応があります。
ただ、私はそこまでは思いません。というのは、「多項式で表される関数」のことを「整関数」と呼んでしまうには一つ可哀そうな理由があるからです。それは、文部科学省の発行している書物によることがおそらく原因だからです。
私の手元の資料では、平成元年版の「高等学校指導要領解説」に何事もなかったかのように自然に「整関数」という用語が出てきています。これを読むとこの 文章を書いた人は「整関数」を「多項式で表される関数」の意味で使っているようです。そして、その使い方についてのクレームがあったことが理由なのかどう かは定かではありませんが、平成11年度版の同書には、「整関数を多項式で表される関数」として文部科学省独自の定義をしています。文部科学省で最初に 「高校指導要領解説」を書いた人は、数学をよく知らなかった人でしょうが、その後で「整関数」という用語を用いた多くの人は、この文部科学省の流れに追随 した、あるいはつられてしまった(お役所の書物に書いてあったことなので・・・という感じで)のでしょう。
今さらですが、文部科学省の指導要領には必要な用語がなく、その一方でこのような造語あります。「1次独立」という用語がないために、「模範解答」を書 く際には、あくまで指導要領内の範囲で書く制約上、「1次独立」の部分を「ベクトルaとベクトルbは平行でなく、しかもどちらも0でないから」と書きま す。もちろん、受験生が答案を作成するときは「1次独立だから」でよいでしょう。
先日の話にもあった「軌跡の方程式」の定義は一部のローカルルールですが、今回のような「整関数」のように指導要領解説が発端のこともあります。どちらにしても、造語には注意しないと、採点者に通じないこともあるので注意が必要だと思います。

Jun.01
2010
軌跡の方程式?

4月の末に高校3年生がある問題集をもってきました。たぶん、かなり多くの受験生が使っている問題集です。この問題集が何なのかは twitter 上のDMでのみお知らせします。メールでは答えません。
まず、その生徒の質問の内容を説明しましょう。話を簡単にするために問題を簡単にしてあります。

軌跡が y=x (0≦x≦1) で表される図形になる問題がありました。(実際は放物線の一部でした)
この問題集は実際の入試問題が「軌跡を求めよ」であったのに対し、わざわざ
「軌跡の方程式を求めよ」
と変更し出題しました。そこで、その解答には
y=x
とあったのです。生徒は、範囲は書かなくてよいのかと質問したので、私はそのときは「範囲も書いておいた方がよい」と答えました。
すると生徒は「ということは、この問題集の解答はまちがっているということですね」と言うので「そうだ」と答えました。
このことを数日前に twitter 上で書いていたら、それを聞いてこの問題集の解答が心配になった受験生が何人かいて、私のところに問い合わせをしてきました。私は同じ返事をすると、その うちの1人はその問題集を出している出版社に問い合わせをしたようです。すると、出版社からの返事は
「軌跡を求めよではなく、軌跡の『方程式』を求めよであるから、範囲まで答える必要はなく、軌跡を含んである方程式を答えればよい」
というものでした。だから、間違っていない、これでいいんだというものでした。(以下、この受験生の話を信じた場合という仮定がつきます。)
私は、「軌跡の方程式」のこのような定義を始めて聞きました。「軌跡の方程式」とは「軌跡を含む図形の方程式」ということだというのです。
妙な定義です。とても数学的な定義とは思えません。例えば、

  • 例1
    軌跡が y=x (0≦x≦1) の場合、軌跡の方程式を答えよとあれば、
    (1) y=x (2) y^2=x^2 (3) (x-y)f(x,y)=0
    はすべてよいのか。
  • 例2
    軌跡が半円 y=(1-x^2)^(1/2) の場合、軌跡の方程式を答えよとあれば、
    x^2+y^2=1
    でもよいのか。
  • 例3
    軌跡の方程式を求めよの問いに対し、0x=0 (平面全体になる) と書けばつねに○をもらえるのか。

ということになります。そもそも、このようなあいまいなものは数学の定義になるはずがありません。おそらく、その問題集独特の定義なのでしょう。
念のため、私はまわりの人に聞いてみました。一部、個性的な定義をする人もいましたが、大半は上の出版社の定義が理解できないというものでした。そして、そもそもそのような場合に「軌跡の方程式を求めよ」などと書かないというのです。
入試問題には、「軌跡はある円の一部であるが、その円の方程式を求めよ。」というものならあります。ですが、独自(?)に「軌跡の方程式を求めよ」とわざわざ問題文を代えるというのは、数学を知らない人のすることでしょう。
同じ予備校の先生がK塾のテキストも調べてくれましたが、K塾のテキストにも「軌跡の方程式」などという言葉はないようです。私は、受験業界の年配の人 にも多く尋ねてみました。すると、みなさんがそろって「明らかに出版社がおかしい」と言っており、とくにN岡氏は次のように返答されました。

(引用)
>お尋ねの件、(出版社名) の誤りは明らかでしょう。
>そもそも
>> 「軌跡の方程式を求めよ」
> ↑この出題が筋悪です。
>最初の発想が悪いので、後は何をやってもすべて無駄、と
>いうのが小生の立ち場です。
>
>f(x,y)=0 の形をした軌跡の必要条件の一つを求めよ、な
>ら、言い張るのも無理ではないと思いますが。
(引用終わり)

結局、単なる間違い、悪変更ではなく、「間違いを認めたくないという姿勢」と、「勝手に自分勝手な用語を定義してしまう横暴ぶり」が問題なのだと思っています。
ただ、この問題集はというよりは、この出版社は多くの受験生に支持されているようで、私、および私以外の多くの数学の教育者達がそれ以外にもこの問題集の よくない点を指摘しても受験生の多くは、「この出版社が間違うはずはない」と思ってしまうようで、いつも苦労しています。

以上の話は、夏の教員向けのセミナーでも話題にする予定です。