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第9回高大接続システム改革会議で提示された数学の問題の解説

12月22日の文科省の高大接続システム改革会議の中で, センター試験の後継試験となる「大学入学希望者学力テスト(仮称) 」の問題例が発表された。

問題についてはこちらを参考にしてもらいたい。

まず, 問題の質についてであるが, 個人的な勘ではあるが, 今回の会議に間に合わせるために急いで作成した様子があり, 問題だけでなく解答部分についてもこれでよいのかと思われる部分が多々ある。しかし, 今はそこに目を向けるべきではない。例えば, 今の課程のセンター試験の試作問題(データの分析の部分と整数の部分) を発表したときも試作問題は数学Iの範囲を守られていない部分や設定として雑な部分があったものの, センター試験ではよくできた問題を出題してきた。したがって, 今回も「問題としては不出来」と言いたくなる部分は, 当然本番の試験では修正して完成度の高い問題を出題されると考えられる。(配布資料の1ページ目にも今回は方向性を見てもらいたいと書いてある。)

[総評]
問題一題一題が長文化した。このような問題の場合, 受検者は問題に取り組む時間はかかるが, 答える量は少ない。したがって, この試験では今までに測れなかった部分を知ることができる反面, 測れなくなる部分も多い。そうなると, この問いだけで, 数学がよくできる人からそうでない人を分類するのは難しい。しかも, 今になって採点の難しさがクローズアップされてきた。
さて, マスコミの報道で誤解を招きやすいと感じるのは, この試作問題のような問題のみで試験を行なうような書き方に個人的に見えるところもあるが, 文科省側ではすべてを記述問題にするとは言っていない。推測ではあるが, このままでは 100 点満点とすると 20 点程度がこのような記述問題になるのではないだろうか。
次にこれまでの経緯から考えよう。これまでの流れでは初期のころは早々とセンター試験の廃止を決定し, 「記述式の導入も検討する」とした。そのうち記述式が新試験の目玉となってきたが, 前回の会議あたりから, 「今までの試験(センター試験)の良い点も調べた上で新しいものを作らなければいけないのでは」と意見が出て、センター試験もやや見直させる感じになってきた。「センター試験がすべて悪かったわけではない」となってきたのである。これは, 一方でありがたい話でもある。つまりこれまで積み上げてきたセンター試験のノウハウを活かすことを理由に, 小改訂で済む可能性がでてきたからである。
それでは, 次に設問ごとに見て行こう。

(1) について
身近な話題と数学の関連を題材にしているかのように考えさせられる問題である。一見すると問題を解くあたってスーパームーンの話はほとんど関係がなく, 問題は要するに

「視直径 \(\theta\) 分の円を 500mm 離れた位置のスクリーンに描くとすれば, 円の直径はいくつになるか」

という問題にすぎない。何と簡単でつまらない問題ではないか ・・・ しかし, こう考えられるのは数学の問題を解くことに慣れている人である。言い方を変えよう。この問題には問題解決に関係のない情報も多く混ぜられている。これは日常生活によくあることであるが, そもそも私たちが日常生活でのことで数学を活用するときは自分で必要な情報を選び出してそれを応用している。これに対して, 今の受験問題は, 問題文では解くために必要な条件はほとんど必要十分な条件を与えられるようになっていて, 不必要な情報は与えられることはほとんどない。逆に与えると「失敗作」とか「出題ミス」のようなレッテルを貼られることもある。しかし, そうではなくあえて身の回りの出来事を数学に活かすにはいくつかの情報から必要な情報を選び出せる能力が必要であることがこの問題を通して伝えたいことではないのかと感じる。
なお, この問題については, 文科省側の説明者が「スーパームーン」を題材にしたことに大変満足した感じであった。
ちなみにこの問題は, 解く過程を聞いているのではなく, 最後に \(1000\tan \left(\displaystyle\frac{\theta}{2}\right)’\) などを書き込めば正解ということで, 「数式を書き込む」から「記述問題」なのだそうだ。

(2) について
理由を述べさせる問題も出題したいということを言いたかったのであろう。もちろん, この解答では不備と言われかねない。これで「等脚台形」が証明できたとは思えない。しかも, 解答の図が理解に苦しむ。また, 問題文でも校庭が水平である(坂になっていない)ような仮定も本来は書かれていなければならない。
さて, このような点はおそらく急いで作ったのだろうということで, これ以上この問題の出来不出来を議論しても意味がない。このような証明問題も出題したいという意思がわかればよい。
なお, このような問題を出題するときにはいろいろと出題についての注意があって, 自由解答にする場合は, 別解が出てくるのがその一つである。私の経験では, どんなに採点基準を用意してもそれに当てはまらない問題が出てくる。
また, どこまで詳しく説明するかについて, うまく解く側にメッセージを与えるかが大切である。例えば, 厳密に書こうとすれば答案はかなり長くなる。逆に「そこまで厳密に書かなくてもよい」というのであれば答案を厳格に書いた人は損をすることになる。答案のスペースなどからも判断できるが, そのあたりの基準も先に公表する必要な本来ならばある。

(3) について
まず, 最初に「この問題は数学 I ではないのでは?」と思う人も多いだろうが, その点は(マスコミの報道にはないが), 会議で「数学 I の範囲ではないともとれるが, 出題の仕方を見てほしい」との説明があったので, あまりこの点は突っ込まない方がよい。
次に, この問題の解答例では 13 行にわたる説明と図が描いてあるが, これはこの設問では要求しているものではなく, この問題の場合は空欄が用意されていて, そこに \(\displaystyle\frac{\mbox{AD}}{\mbox{BC}}=\displaystyle\frac{h-g}{h-g-d}\) を埋めればよいという説明があった。「比がどのような式で表されるか」という問いに対して, \(\displaystyle\frac{\mbox{AD}}{\mbox{BC}}\) を選択するのも問うことの一つであると思われる。

最後に, 試験というのは「問題の出題」と「それをどう採点するか」のセットで決定する。このうち今回は前者を示されたが, 車の両輪である後者の説明は次回にまわすということで持ち越しになった。どう採点するかの説明を受ければさらに新テストの様子が見えてくるだろう。

[意見]
この会議には, 塾・予備校の担当職員, 出版社の人, マスコミなどが傍聴しているが, 残念なことは, 高校数学に精通している人は少ない。実際に, 高校数学が理解できる人, 教える人が行けば受け取る情報は違ってくる。各塾・予備校からはそのような人を傍聴に参加させるとよい。

This entry was posted on 金曜日, 12月 25th, 2015 at 10:00 AM and is filed under お知らせ, 教育, 数学. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

2 Responses to “第9回高大接続システム改革会議で提示された数学の問題の解説”

  1. old learner said:

     入試制度というと詰め込みと思考力の折り合いをどうつけるかが常に議論されているイメージがあります。
     数学で苦労している身なので、思考力とは何かには答えられませんが・・・。

     暗記(詰め込み)ならば、努力によって点数が上がるので(何もやらないよりは)、暗記に走る学習者の気持はわかります。

    もちろん数学は暗記科目とは信じてはいませんが。

    数学のできる人の思考がわからない以上、「合格だけ」が目的なら暗記するしかないと考える人が多いのでしょう。
    あとは受験科目としての数学をあきらめることになってしまうのだと思います。

    身近な話題を盛り込んで数学離れを止めたいという意図も制度改革にはあるのかもしれないと感じました。

  2. 匿名 said:

    文科省やマスコミは今の入試が暗記偏重だと喧伝しますが,私はまったくそうは思いません。思考力をなんとか見ようと,よく練られた問題を出してきている印象です。マーク式のセンター試験でさえもです。ましてや東大入試なんて,丸暗記だけで解ける問題なんて440点中10点分もないでしょうね。

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