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高等学校基礎学力テスト(仮称) についての基礎知識

2015年12月7日に文科省が民間業者等説明会を開いた。これは、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」の実施、運営を民間業者に委託する(現段階では決定ではない)場合に民間業者が参画できるように説明する会である。
以下に、その概要を記しておく。なお、この会議自体は外に向けて開かれた会議であり、全国から様々な団体が参加していた(団体の重複も含めて300名はいたのではないか)。

【1】 高等学校基礎学力テスト(仮称)とは
まず、この試験の基礎知識を確認する。
平成35年度から次の新課程カリキュラムが開始されるが、その前段階としていくつかの改革が先行実施される。その一つに大学入試センター試験(以下、センター試験と記す)の廃止があげられる。もともとはセンター試験の廃止は新課程とは独立な議題であったのだが、いつの間にか新課程の前段階の改革の一部となったような感がある。
さて、センター試験の廃止とともに新しい2つの試験が実施されることになった。その1 つが、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」(以下、「基礎学力テスト」と記す)であり, もう一つが「大学入学希望者学力テスト(仮称)」(以下、「学力評価テスト」と記す)である。この2つの試験は性格および目的が異なる。わかりやすいのは、後者の「学力評価テスト」である。これは実質的にセンター試験の後継試験と考えればよい。ただし、全く同じというわけではなく、詳しくは別の記事として書く予定である。これに対し、少しわかりにくいのは「基礎学力テスト」である。
「基礎学力テスト」とは、高等学校の現場で高校生が基礎力がきちんとついているかを確認するテストで、今のところ、高校2年あるいは3年のときに実施する試験である。3年のときに行なうにはいくつか問題点があるので2年のときになる可能性が今のところ高い。
表面的には「高校生が基礎力をついているか」を確認する試験であるが、裏の目的としては、高校現場で高校の先生がきちんと指導要領を守って教えているかを調べるという意味もある試験である。文科省では、基礎学力テストは当面は大学入試選抜の目的では使用せず、指導改善のために使いたいと言っている。
一方、現在、高校生を多面的に評価しようという動きが強まっている。それは、ペーパーの試験だけではなくいろいろな観点から高校生を評価するというもので、その一つが基礎学力テストという考えである。
また、高等学校教育において PDCA サイクル (Plan → Do → Check → Action → (Plan に戻る)) を構築したいと考えており, 基礎学力テストはこの中の Check の部分と考えている。

【2】実施概要
実施については詳しくはこれから決まることで、今、はっきりと決定している具体的な内容はほとんどない。しかし、文科省側としては大枠の考えはある。
まず、実施に当たっては次の問題をクリアーしなければならない。それは、
(a) テストの妥当性・信頼性
(b) テストの価格
(c) 受験場所
(d) 安定性・継続性
(e) 文科省の直営か民間主導か
である。
次にテストの科目であるが、平成31年の試行試験開始から3年ほどは、国語総合、数学I、コミュニケーション英語I の3教科3科目で実施したいと考えている。数学については「なぜ数学Iだけなのか」という疑問もあるだろうが、数学Iだけがすべての高校生(農業高校、工業高校を含む)に共通な科目であるからである。他の教科も同様の理由である。こう考えると今更ながら、すべての高校生が共通して学習している科目が少ないことがわかる。
現在、実施方法としては、文科省は学校単位の参加が望ましいという考えをもっている。もちろん、個人での参加も認めるとの方針である。
さらに、CBT の利用を積極的に進めたいとのことである。その場合の問題点は、全国同一の PC あるいは OS が望ましいとのことであるが、そのためにはこれから膨大なインフラ整備が必要となるだろう。関連業者は今後目を離せないことになる。
なお、この試験のセキュリティーの件では、これまでの「センター試験」および今後の「学力評価テスト」レベルのものは要求しないとのこと。これは、文科省の人がはっきりと言ったわけではないが(文科省の人がいい加減でよいと言えるはずがない)、それを匂わす発言をしていたことはこの会に参加していた人は見逃さなかったはずである。例えば、センター試験の問題の作成は大学教員に限られ、しかもさらに厳しい条件がある。ところが、この基礎学力テストについては、高校教員も参加してもらいたいとのことである。また, 全国一斉でなくてもよいという考えもある。
学校参加の場合、年に複数回行うとすれば、各高等学校で正規の授業内に組み込むか期末試験のようにすることも考えられるとのこと。1回の試験で各教科50~60分の試験を想定しているとのこと。平成31~34年の試行実施のときは、その結果を大学入試、就職活動には使わないということを断言している。しかし、多くの人が受ける試験となれば、今後は重要な生徒の資料であるから、利用できるものは使うべきとなることも十分あり得る。
問題の難易については、文科省側では「この試験は相対評価ではなく絶対評価である」と言っており、難易の設定は教科書程度の内容がきちんと理解できているかが把握できるレベルである。したがって、一部の進学校ではほぼ全員が満点になるような試験で、今のセンター試験よりはかなりやさしく、せいぜい教科書の章末レベルと予想される。

【3】民間業者の参入について
今回の改革では、文科省は近年で最も真剣に改革に取り組んでいる感がある。また、高校教育改革(に限らず教育全般)に大きな夢と理想をもっており、それについては多くの人が賛同できる内容であるが、いざ実施となると難しいものも多い。この基礎学力テストについても例外ではなく、例えば、記述式の試験の導入についても、一言で記述と言ってもかなりの幅があることと採点・評価が手間がかかることに(もしかして最近)気がつかれた様子があり、夢の実現にはかなりのバイタリティがなければ苦しいことがはっきりしてきた。そういうこともあり、民間の力も借りてこの基礎学力テストを実施することが重要となる。文科省の姿勢としては、民間業者に対しては「上から目線」という感じではなく、welcome という姿勢で「All Japan で改革をしていきたい」という姿勢なので、このような様子からも今までとは違う文科省の姿勢を感じた。
さて、この会議に参加した民間業者はかなり多くいた。もちろん、参加者がすべて民間業者というわけではないが、横12名縦30列くらいの部屋が埋まっていた。ただ、一つの業者から3名参加しているところも多数存在した。言い方はよくないが、この会議に参加した民間業者の鼻息は結構荒い。

【4】 個人的な意見
まず、この試験を高校生目線でとらえたときに、あまりメリットは感じられないというのが現状での問題点かもしれない。この試験を受けなければセンター試験のように大学に進学できなくなるわけではない。また、期末試験のように受けなければ成績評価に影響するわけでもない。さらに、高校1年のときに習う数学Iを高校2年以降に受験するとなると、人によっては高校1年の段階で数学と離れる生徒にとっては、高校2年に文科省が気にする「きちんと指導要領通り教えているかどうか」を測ることができるのかは疑問である。
また、せっかくこのような試験を導入するのであるから、良問を与えていきたいと思う。どのような試験でも一度制度が確立されると、その試験のために勉強する高校生が多数現れ、それを機に高校生をよい方向に誘導するチャンスになる。
さらに、今回、民間参入を考えている業者の中で実績を強調しているところもあるが、実績があるかどうかは逆にその業者がどのような問題を作れるのかがわかるよい機会なので、単に実績があるかないかだけで判断せず、慎重に民間参入を進めるべきと考える。

This entry was posted on 木曜日, 12月 10th, 2015 at 3:00 PM and is filed under 教育, 数学, 高校数学を考える(教員向け). You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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