高校数学解説講座 1
1. コーシー・シュワルツの不等式について
高校数学で学習する絶対不等式の一つにコーシー・シュワルツの不等式というものがあります。これは,
(1) \((ax+by)^{2}\leqq (a^{2}+b^{2})(x^{2}+y^{2})\)
(2) \((ax+by+cz)^{2}\leqq (a^{2}+b^{2}+c^{2})(x^{2}+y^{2}+z^{2})\)
(3) \((ax+by+cz+dw)^{2}\leqq (a^{2}+b^{2}+c^{2}+d^{2})(x^{2}+y^{2}+z^{2}+w^{2})\)
$$\vdots$$
のような不等式で, 一般には, \(\sum\) 記号を用いて,
$$\left(\sum_{k=1}^{n}a_{k}b_{k}\right)^{2}\leqq \left( \sum_{k=1}^{n}a_{k}^{\,2}\right)\left( \sum_{k=1}^{n}b_{k}^{\,2}\right) \cdots\cdots\,(★)$$
と表すことができます。ただし, 文字はすべて実数とします。
ところで, 不等式 (★) の \(n=3\) の場合は,
$$(a_{1}b_{1}+a_{2}b_{2}+a_{3}b_{3})^{2}\leqq (a_{1}^{\,2}+a_{2}^{\,2}+a_{3}^{\,2})(b_{1}^{\,2}+b_{2}^{\,2}+b_{3}^{\,2})$$
ですが, これは,
$$\vec{a}=\left( \begin{array}{c} a_{1} \\ a_{2} \\ a_{3} \\ \end{array}\right), \vec{b}=\left( \begin{array}{c} b_{1} \\ b_{2} \\ b_{3} \\ \end{array}\right)$$
とおくと,
\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の内積は,
$$\vec{a}\cdot \vec{b}=a_{1}b_{1}+a_{2}b_{2}+a_{3}b_{3}$$
\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の大きさは, それぞれ,
$$|\vec{a}|^{2}=a_{1}^{\,2}+a_{2}^{\,2}+a_{3}^{\,2}, |\vec{b}|^{2}=b_{1}^{\,2}+b_{2}^{\,2}+b_{3}^{\,2}$$
ですから,
$$(\vec{a}\cdot \vec{b})^{2}\leqq |\vec{a}|^{2}|\vec{b}|^{2}$$
と表せます。この不等式は高校数学での内積の定義を考えれば成り立つことは明らかです。なぜなら,
$$\vec{a}\cdot \vec{b}=|\vec{a}||\vec{b}|\cos \theta (\theta は \vec{a} と \vec{b} のなす角)$$
が内積の定義ですから,
$$(\vec{a}\cdot \vec{b})^{2}=|\vec{a}|^{2}|\vec{b}|^{2}\cos^{2}\theta$$
となり, \(\cos^{2}\theta \leqq 1\) ですから, 右辺は,
$$|\vec{a}|^{2}|\vec{b}|^{2}\cos^{2}\theta\leqq |\vec{a}|^{2}|\vec{b}|^{2}$$
となるので,
$$(\vec{a}\cdot \vec{b})^{2}\leqq |\vec{a}|^{2}|\vec{b}|^{2}$$
となるからです。
さて, \(n=3\) の場合は以上のように考えて説明することも可能ですが, 一般の 2 以上の自然数 \(n\) については, ベクトルの大きさと内積の関係を理由にすることはできません。 4 次元以上のベクトルの大きさと内積が定義されていないからです。
(注)
もちろん, 高校数学を超えれば, ベクトルの大きさと内積を定義することはできます。
さて, それでは, 一般の場合について証明してみましょう。
証明
コーシー・シュワルツの不等式
$$\left( \sum_{k=1}^{n}a_{k}b_{k}\right)^{2}\leqq \left( \sum_{k=1}^{n}a_{k}^{\,2}\right)\left( \sum_{k=1}^{n}b_{k}^{\,2}\right)$$
を示すために, 次のような関数を用意します。
$$f(t)=\sum_{k=1}^{n}(a_{k}t-b_{k})^{2}$$
少しわかりにくいかもしれませんが, 例えば \(n=3\) の場合である
$$(a_{1}b_{1}+a_{2}b_{2}+a_{3}b_{3})^{2}\leqq (a_{1}^{\,2}+a_{2}^{\,2}+a_{3}^{\,2})(b_{1}^{\,2}+b_{2}^{\,2}+b_{3}^{\,2})$$
を示す場合であれば,
$$f(t)=(a_{1}t-b_{1})^{2}+(a_{2}t-b_{2})^{2}+ (a_{3}t-b_{3})^{2}$$
とおくことになります。
さて, 話を一般の場合の \(n\) の場合に戻しましょう。このとき \(f(t)\) は次のように変形できます。
$$\begin{eqnarray}
f(t)&=&\sum_{k=1}^{n}(a_{k}t-b_{k})^{2}\\
&=&\sum_{k=1}^{n}(a_{k}^{\,2}t^{2}-2a_{k}b_{k}t+b_{k}^{\,2})
\end{eqnarray}$$
これを \(\sum\) 記号を用いずに書くと,
$$f(t)=(a_{1}^{\,2}t^{2}-2a_{1}b_{1}t+b_{1}^{\,2})+(a_{2}^{\,2}t^{2}-2a_{2}b_{2}t+b_{2})+\cdots +(a_{n}^{\,2}t^{2}-2a_{n}b_{n}t+b_{n}^{\,2})$$
のようになり, これを \(t\) で整理すると,
$$f(t)=(a_{1}^{\,2}+a_{2}^{\,2}+\cdots +a_{n}^{\,2})t^{2}-2(a_{1}b_{1}+a_{2}b_{2}+\cdots +a_{n}b_{n})t +(b_{1}^{\,2}+b_{2}^{\,2}+\cdots +b_{n}^{\,2})$$
となるので, 結局 \(\sum\) 記号を用いれば,
$$f(t)=\left( \sum_{k=1}^{n}a_{k}^{\,2}\right)\, t^{2} -2\left( \sum_{k=1}^{n}a_{k}b_{k}\right)\,t+\sum_{k=1}^{n}b_{k}^{\,2}$$
と表せます。ここで,
$$\begin{eqnarray}
A&=&a_{1}^{\,2}+a_{2}^{\,2}+\cdots +a_{n}^{\,2}\\
B&=&b_{1}^{\,2}+b_{2}^{\,2}+\cdots +b_{n}^{\,2}\\
C&=&a_{1}b_{1}+a_{2}b_{2}+\cdots +a_{n}b_{n}\\
\end{eqnarray}$$
とおくと, \(f(t)\) は,
$$f(t)=At^{2}-2Ct+B$$
と表せます。なお, 今, 示したい式を \(A\), \(B\), \(C\) を用いて表すと, \(C^{2}\leqq AB\) となります。
さて, 一般の \(C^{2}\leqq AB\) の説明を始める前に, 例外的な場合である \(A=0\) の場合, すなわち, \(a_{1}=a_{2}=\cdots =a_{n}=0\) の場合に触れておきましょう。この場合は, \(C=0\) でもあるので, \(C^{2}\leqq AB\) は等号で成立します。\(A=0\) の場合は, これで示されたので以下は \(A\neq 0\) の場合を考えることにします。
再び \(f(t)\) についてですがこれは,
$$f(t)=(a_{1}t-b_{1})^{2}+(a_{2}t-b_{2})^{2}+\cdots +(a_{n}t-b_{n})^{2}$$
のように「2 乗の和」の形で表される式でしたから \(t\) にどのような実数を代入しても \(f(t)<0\) となることはありません。したがって, すべての実数 \(t\) に対して \(f(t)\geqq 0\) であるので, \(f(t)\) を今一度 \(f(t)=At^{2}-2Ct+B\) と見ると, 2 次方程式 \(At^{2}-2Ct+B=0\) の判別式 \(D\) は \(D\leqq 0\) となります。ここで,
$$\frac{D}{4}=C^{2}-AB$$
ですから, \(D\leqq 0\) は,
$$C^{2}-AB\leqq 0$$
すなわち,
$$C^{2}\leqq AB$$
が成立します。これで, コーシー・シュワルツの不等式は示されました。
ところで, この不等式の等号が成立する場合ですが, これは \(C^{2}=AB\) となる場合, すなわち, 判別式 \(D\) が \(D=0\) となる場合です。元々, \(f(t)\) は,
$$f(t)=\sum^{n}_{k=1} (a_{k}t-b_{k})^{2}$$
と表され, 決して負になることのない 2 次式でしたので, \(D=0\) であることは, ここでは, 「ある \(t\) に対し \(f(t)=0\) となる」ことです。これは, すべての \(k=1,2,3,\cdots ,n\) に対して \(a_{k}t-b_{k}=0\) となる \(t\) の存在すること, つまり,
$$a_{1}t-b_{1}=0, a_{2}t-b_{2}=0,\cdots ,a_{n}t-b_{n}=0$$
がすべて同じ解になることです。これは,
$$\frac{b_{1}}{a_{1}}=\frac{b_{2}}{a_{2}}=\cdots =\frac{b_{n}}{a_{n}}$$
となることです。ただし, 分母が 0 のときは, 分子も 0 とします。
補足
ここでは, 一般の \(n\) の場合について証明をしましたが, \(n=2,3\) などの場合には次のような証明も可能です。
- \((ax+by)^{2}\leqq (a^{2}+b^{2})(x^{2}+y^{2})\) について
\((a^{2}+b^{2})(x^{2}+y^{2})-(ax+by)^{2}\)
\(=(a^{2}x^{2}+a^{2}y^{2}+b^{2}x^{2}+b^{2}y^{2})-(a^{2}x^{2}+2abxy+b^{2}y^{2})\)
\(=(ay)^{2}+(bx)^{2}-2ay\cdot bx\)
\(=(ay-bx)^{2}\)
\(\geqq 0\)
したがって
\((ax+by)^{2}\leqq (a^{2}+b^{2})(x^{2}+y^{2})\) - \((ax+by+cz)^{2}\leqq (a^{2}+b^{2}+c^{2})(x^{2}+y^{2}+z^{2})\) について
同様に次のように変形します。
\((a^{2}+b^{2}+c^{2})(x^{2}+y^{2}+z^{2})-(ax+by+cz)^{2}\)
\(=(ay-bx)^{2}+(bz-cy)^{2}+(cx-az)^{2}\)
\(\geqq 0\)
したがって
\((ax+by+cz)^{2}\leqq (a^{2}+b^{2}+c^{2})(x^{2}+y^{2}+z^{2})\)