「計算のエチュードとは」
0 はじめに
大学受験のための数学の学習をするとき, ある段階から実際に出題された入試問題を多く解くことになりますが, この「入試問題を解く」という作業は,Step 1. 問題の状況を理解し, 与えられた条件を定式化する。
Step 2. 定式化された条件を計算処理をして必要な情報を引き出す。
Step 3. 得られた情報を整理し, 問題の要求に応じた形でまとめる。
といった問題を解き始めて結果を得るための一通りの内容を含み, スポーツでいえば「練習試合」に相当します。
さて, バントが苦手な野球の選手が, バントがうまくならなければならないとき, 練習試合に出ることでバントがうまくなるでしょうか。
ヘディングが苦手なサッカーの選手が練習試合に出ることでヘディングがうまくなるでしょうか。
ある曲を演奏しなければならないピアノの演奏家が, その曲の左手のオクターブの部分がうまくないときに, その曲を通して練習ばかりしていて, はたしてその曲がうまく弾けるようになるでしょうか。
これらに対する回答は, すべて
「全く効果はないわけではないが, 苦手な部分に特化した練習の方が効果がかなり大きい」
となるでしょう。数学の学習もこれと同じです。例えば, 計算処理を苦手とする受験生が, 入試問題を解く全体練習ばかりをしていては, 計算処理がうまくなるでしょうか。このような疑問に答え, スポーツ, 芸術にあたりまえとされた訓練法を導入したものが, この計算特化型の問題集「計算のエチュード」です。
1 「計算のエチュード」って何?
書籍「計算のエチュード」は, 大学受験数学の計算のための問題集です。範囲は, 数学I・II・III・A・B (新課程では数学 C も含む) です。ただし, この範囲の計算をすべて網羅するためのものではなく, 中・上級者でも躓く計算について, そのセンスと考え方を学ぶものです。次の2分冊になります。- 「計算の基礎・知識編」 (2019年9月刊行)
- 「戦略編」 (2023年6月刊行)
「似てはいるが解決方法は異なるもの」
「正しい知識が意外とよく知られていないもの」
などが集められています。例えば, 3 次方程式 \(2x^{3}+x^{2}-7x+3=0\) を因数定理を用いて解くときには, まず解を一つ見つけますが, それを「整数を適当に入れていけばよい」などとは考えていないでしょうか。実際, この内容を講座にした場合, 東大を狙う受験生でも「知らないことが多かった」という感想を残していきます。
2. の「戦略編」は, 等式, 不等式の証明などでは, 何に注意すると証明ができやすいか。数式はどのように評価すべきか, など「考える計算」が中心です。 本当は, 書籍の目次をお見せしたいところなのですが, この問題集の目的として「目的を隠した計算演習」をすることもありますので, 目次を掲載すると目的がわかってしまいますので, ここではお見せしないようにします。ただ, 構成だけは紹介できます。
「計算の基礎・知識編」では, 第 1 章が「計算の基礎のエチュード」(14 テーマ), 第 2 章が「計算の知識のエチュード」(20 テーマ) となっていて, 各章の始めに「問題一覧」があります。この問題一覧の問題を解いてみて, 次に答の数値をチェックします。このあと解説に進み, 解いた解答と比べることが大切です。最後に, もう一度. 練習問題である「テーマエチュード」を解いて, 答合わせをしてその部分は完了です。問題一覧の問題を解いている段階では, 目的は隠してあるので(解説で説明してある), ぜひ復習するときも問題一覧から解いてみてください。また, 数学I の問題に見えても数学III の内容を用いるものもあります(実際の入試がそうである)。
2 ラインナップ
「計算のエチュード 計算の基礎・知識編」は, 電子書籍版, 紙白黒版, 紙カラー版の 3 種類が用意されています。「計算のエチュード 戦略編」も同様に, 電子書籍版, 紙白黒版, 紙カラー版の 3 種類が用意されています。
扱っている問題とその解説はすべて同じですが, レイアウト上の都合などで多少の違いはあります。以下, その違いについて説明します。
電子書籍版・紙白黒版・紙カラー版の特徴と違い
計算の基礎・知識編
戦略編
その他, 以下の点に注意してください。
計算の基礎・知識編
電子書籍版 | 紙白黒版 | 紙カラー版 | |
---|---|---|---|
ページ数 | 224 ページ | 180 ページ | 180 ページ |
定価(税別) | 1050 円 | 1650 円 | 3260 円 |
電子書籍版 | 紙白黒版 | 紙カラー版 | |
---|---|---|---|
ページ数 | 272 ページ | 226 ページ | 226 ページ |
定価(税別) | 1136 円 | 1900 円 | 3420 円 |
- 紙版はページ数を減らすため, テーマエチュードの解答の字を小さくしてあります。
- 紙白黒版と紙カラー版の違いは, 色の部分だけです。電子書籍版はフルカラーで,テーマエチュードの解答以外の部分は同じものです。
- 電子書籍版はテーマエチュードの解答が問題のすぐ後に載せてありますが(ページ間移動を少なくするため), 紙白黒版と紙カラー版は巻末に 2 段組みにして載せてあります。
参考まで, 3 つの版の通常ページを比較すると次のようになります。
(左:電子書籍版) | (中:紙白黒版) | (右:紙カラー版) |
また, 「テーマエチュード」(練習問題) の解答ページを比較すると次のようになります。
(左:電子書籍版) | (中:紙白黒版) | (右:紙カラー版) |
※画像はイメージです。実際のものとは少し異なります。
さらに, 学習範囲が数学 IIB までの方には、「計算の基礎・知識編」に限り数学 I, II, A, B 用があります。数学 III までの内容を含む「計算の基礎・知識編」の中から, 数学 I, II, A, B の内容を抽出し, 解答をこの範囲で解決できるように作り変えたものです。数学 III までのものと同様に電子書籍版, 紙白黒版, 紙カラー版の 3 種類が用意されています。
計算の基礎・知識編 [数学 I, II, A, B 用] の違い
電子書籍版 | 紙白黒版 | 紙カラー版 | |
---|---|---|---|
ページ数 | 160 ページ | 132 ページ | 132 ページ |
定価(税別) | 780 円 | 1240 円 | 2450 円 |
3 なぜ「計算」なのか?
ここでは, 時間がある方に読んでいただけることを想定して, もう少し深く説明します。計算処理は多くの問題を解くときに必要となるものです。例えば, 次の問題を考えてみましょう。
\(\triangle\mathrm{ABC}\) において \(\angle \mathrm{BAC} = 90^{◦}\), \(|\vec{\mathrm{AB}}|=1\), \(|\vec{\mathrm{AC}}|=\sqrt{3}\) とする。\(\triangle\mathrm{ABC}\) の内部の点 P が,
$$\frac{\vec{\mathrm{PA}}}{|\vec{\mathrm{PA}}|}+\frac{\vec{\mathrm{PB}}}{|\vec{\mathrm{PB}}|}+\frac{\vec{\mathrm{PC}}}{|\vec{\mathrm{PC}}|}=0$$
を満たすとする。
(1) \(\angle \mathrm{APB}\), \(\angle \mathrm{APC}\) を求めよ。
(2) \(|\vec{\mathrm{PA}}|\), \(|\vec{\mathrm{PB}}|\), \(|\vec{\mathrm{PC}}|\)を求めよ。
この問題では(1) で \(\angle \mathrm{APB}=\angle \mathrm{APC}=\frac{2}{3}\pi\) が得られます。それを引き継いだ(2)では, 解法によっては,
\(|\vec{\mathrm{PA}}|=a\), \(|\vec{\mathrm{PB}}|=b\), \(|\vec{\mathrm{PC}}|=c\) とおくと, 余弦定理を用いて, 連立方程式(1) \(\angle \mathrm{APB}\), \(\angle \mathrm{APC}\) を求めよ。
(2) \(|\vec{\mathrm{PA}}|\), \(|\vec{\mathrm{PB}}|\), \(|\vec{\mathrm{PC}}|\)を求めよ。
(2013 年 東京大学)
\(a^{2}+b^{2}+ab=1\)
\(b^{2}+c^{2}+bc=4\)
\(c^{2}+a^{2}+ca=3\)
が立てられ, これを解くことになります。
問題集の解答を眺めるだけの学習では, 「へぇー, あとはこれを解けばいいだけか」と思ってしまうこともあるようですが, この連立方程式は多くの受験生には意外と難しいということが理解できなければなりません。この問題で解法を選択した場合は, ここを超えなければ結果に到達しないので重要です。 「計算のエチュード」では, この問題の連立方程式の部分だけを抜き出し問題演習としてあります。そして, それと同様な問題も用意してあります。また, 意外に簡単に見えて苦労する人が多い(しかし, 目の付け所がよければ本当は数行で終える問題)
(1) 極限 \(\lim_{x\rightarrow\infty}(\sqrt{9x+4}-2\sqrt{4x+5}+\sqrt{x+2})\) を求めよ。
(2) \(1 \leqq x \leqq 3\) における \(f(x)=\frac{7-2x}{x+2}\) の最小値を求めよ。
なども掲載してあります。
受験生の多くは, この「計算のエチュード」のような中・上級者向けの計算に特化した演習はやっていないため, 多くの人にとって書籍の中で触れられている力は, 今現在「眠っている力」になっています。この力を覚醒し, さらなる上昇を期待しております。
著者 清 史弘
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