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教科書の悪い伝統

数学の公式の覚え方は「絵」として見るのではなく(画像認識ではなく),「構造」を見るべきである。例えば, ベクトルaとベクトルbの始点を一致させたとき, 2 つのベクトルの終点を通る直線上を指すベクトルxは,
$$\vec{x}=(1-t)\vec{a} +t\vec{b}$$
のように表される。これを何十回も唱えて覚えたところで, 違う記号で問題が出されたときはなかなか対応ができない。こういう式は, a と b の係数 1-t, t が「和が1である」ことを見抜き, 「和が 1 である係数で表される」と認識すべきである。そうでないと, 「意味の分からないで暗記さえすればよい」となる。あたかも呪文を唱えるように。これは数学の教育ではない。

さて, 教科書の中に伝統的にそれに近いところがある。それは, 数学Iの三角比の余弦定理の部分である。
三角形 ABC において BC=a, CA=b, AB=c とするとき,
(1) $$a^2 =b^2+c^2 -2bc \cos A$$
が余弦定理であるが, ほとんどの教科書には, 上記の他に
(2) $$b^2 =c^2+a^2 -2ca \cos B$$
(3) $$c^2 =a^2+b^2 -2ab \cos C$$
が書かれてある。これは意味がない。というよりも, 3 本書くことはむしろ害である。
生徒は, この 3 本の式を覚えようとするだろう。しかし, 3 本覚えても三角形の 3 辺の長さが a, b, c ではなく p, q, r であれば使えない。もしも,
「(1) の a, b, c の部分を p, q, r に当てはめればよい」
というのであれば, 最初から (2), (3) などない方がよい。
(2) と (3) の存在は, 数学教育の立場からすれば無用の長物である。しかし, 何十年も教科書にはこの 3 本が書かれる。
もしかすると, 正弦定理との記述の兼ね合いがあるのかもしれないが, 正弦定理は正弦定理で今の状況とは少し異なる。
教科書においては, 三角形の面積も
$$S=\frac{1}{2} bc \sin A =\frac{1}{2} ca \sin B =\frac{1}{2} ab \sin C$$
が書かれていたり, $$\cos A=\frac{(b^2+c^2-a^2)}{2bc}$$ も 3 通り書かれていたりする。
これも意味がないのだが、伝統的な記述である。

This entry was posted on 月曜日, 9月 7th, 2015 at 7:05 PM and is filed under 教育, 数学. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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